心の窓をノックしよう
静かに自分を見つめる時を持ちませんか
心の窓が開かれて自分のほんとうの姿が浮かび上がってくることでしょう
誰にでもできるやさしい自己発見の方法です
自己の発見
ひとり静かに自己を見つめたい…。 このような思いをもっている人は多いことでしょう。しかし、仕事や勉強に追われて、そのような時をもてず、自己を見失いがちです。 思い切って人生の休暇を取って、自分の心の世界を探ってみませんか。 ここで紹介する内観法は、吉本伊信という方が開発したもので、静かな場所にこもって、誕生から現在までの自分の歴史をふりかえり、自己を発見する方法です。これは向上の意欲さえあれば、年齢に関係なく誰にでもできるものです。
内観の方法
内観法は研修所に1週間宿泊して研修する集中内観と、日常生活での日常内観があります。 日常内観の一つに「記録内観」という方法があります。集中内観の方法は、次の通りです。
- 楽な姿勢で座ります。屏風(びょうぶ)で囲むと、落ち着きます。
- そして、母(または母親代わりの人)に対する自分を、
- 世話になったこと
- して返したこと
- 迷惑をかけたこと の3点について、具体的な事実を調べます。
- 調べるのは年代順。小学校低学年、高学年、中学校時代……、というように年齢を区切って、現在まで調べます。
- それがすめば、父、配偶者、子どもなど身近な人に対する自分を同様の観点から調べます。一通り終われば、母に戻ります。
- 1~2時間おきに、3~5分間の面接があります。面接者「この時間、誰に対するいつごろの自分を調べてくださいましたか」研修者「母に対する中学時代の自分を調べていました、お世話になったことは……。 して返したことは……。迷惑をかけたことは……。」面接者「ありがとうございました。次はお母さんに対する高校時代の自分を調べてください」このような面接が、1日7~8回あります。
- 内観には、その他「養育費の計算」や「嘘と盗み」というテーマもあります。
- 研修所では、音楽を合図に朝6時起床。洗顔と清掃の後、6時半から夜の9時まで、入浴とトイレの他は静かに座って内観します。食事は日に3度運ばれます
- 全館禁煙です。テレビやラジオの視聴、読書、他の人とのおしゃべりは厳禁。緊急の用事以外は電話もかけません。研修中は携帯電話を預からせていただきます。心の世界に集中できるように、外部からの刺激を最小限にするのです。
内観療法の様子
内観療法には1週間研修所や病院などにこもって集中的に行う「集中内観」や、日常生活の中で短時間行う「日常内観」という形態があります。さらに2泊3日の「短期内観」や、他の研修プログラムの中で数時間の集団内観や記録内観など、さまざまな方法が開発されています。 ここでは内観療法の基本である集中内観について、私たちの奈良内観研修所を例にして紹介しましょう。
内観の実施状況
場所的条件
研修生(内観する人)は研修所の静かな個室にこもります。そこは仕事や勉強や遊びな どの日常生活から離れて、落ち着いて自己を見つめることのできる保護された空間です。 食事も自室でとり、たとえ親子や夫婦であろうとも、他の人と話すことはできません。研修中は携帯電話を預からせていただきます。静かに内観に専念します。研修所には厳粛な雰囲気がただよっています。
身体的条件
内観中は座禅のような特殊な座り方や姿勢をとらないで、楽な姿勢で座ります。足腰が痛ければ、イスを使うこともできます。3度の食事、面接、入浴、就寝という規則正しい生活は生理的リズムを調整し、心身によい影響を与えます。不眠が解消したり、胃腸の調子が改善する例がよくみられます。全館禁煙ですから、ご協力をお願いします。
時間的条件
第1日目(普通は日曜日)の午後2時に集合して、内観の仕方や研修所での過ごし方の説明を受けます。その後、研修生は各自の部屋に入って内観を始めます。翌日からは午前6時に起床し、洗面や清掃の後、6時半から午後9時までの約16時間内観に専念します。7日目は午前6時半から終了の座談会があり、午前8時に解散します。
内観のテーマ
どのような目的で内観する人も、無理のない限り母親(または母親代わりの人)に対する自分を以下の3つのテーマに沿って具体的な事実を調べます。
- 世話になったこと
- して返したこと
- 迷惑をかけたこと
このテーマの設定が内観療法の特長ですが、このテーマにそって自己の内面を見つめることを「内観」とか、「内観する」といいます。 調べるのは年代順で、小学校3年まで、次は6年まで、その次は中学時代……というように年齢を区切って、過去から現在までを調べていきます。 母親に対する内観が済めば、父親、配偶者、友人、職場の人々など身近な人に対して同様の視点から調べていきます。例えば、配偶者との関係の改善を目的に来られた場合は、母親、父親、配偶者などのテーマを繰り返し調べます。何度も調べていくと、生き生きと感情を伴って思い出せるよう になり、新たな洞察が生まれ、相手の身になって自己や相手のことが理解できるようになります。
面接
面接者は1~2時間毎に1回3~5分、研修生の部屋を訪れます。研修生は内観した結果のエッセンス(要点)を報告します。面接者は研修生の語ることに共感的受容的に傾聴し、抽象的なら具体的に語るように求め、質問に誠実に答え、熱心に内観を続けるように励まし、丁寧に礼をして辞去します。このような面接が1日約8回あります。 内観療法では他の精神療法と異なり、面接者と研修生との対話を軸にして治療が進展するのではありません。1日16時間のうち、面接は1回について3~5分で、8回の面接時間の総計は約1時間です。それ以外の時間は、研修生はひとり静かに内観のテーマに没頭し、自己との対話を進めていきます。心の中の母や父や配偶者と対話し、そこでさまざまな洞察を得ていますから、内観は自分の力で自分を治す自己治療的色彩が強い心理療法と言えるでしょう。内観療法の効果は面接者の力量よりも、研修生がどのように内観するかにかかっています。
内観の効果
内観の結果、親をはじめ周囲の人々からの愛情を再体験して基本的信頼感や基本的安定感が出現し、自己中心性を自覚し、自己の責任を受け容れ、共感性が向上し、人生への意欲が高まります。さらに、自己像や両親をはじめとする他者像が改善され、ありのままの自己像や他者像に近づき、自他を受容できるようになり、連帯感が強化されます。また内観は人生の意義を再構築し、人生に新たな意味をもたらす契機となります。 また、自己中心的な見方から解放されて、多様な視点が獲得され、人間や事象を多面的に理解したり、過去から現在までの歴史的な見方で理解できるようになり、表層的な理解からもっと深層まで理解しようという姿勢が生まれます。現実的で柔軟な視点が確保できるといえましょう。 これらの結果として、さまざまな症状が軽減したり、問題解決の糸口が発見されたり、問題行動が減少するのではないかと思われます。
なぜ、内観療法でよくなるのか
なぜ、内観療法は効果があるのでしょうか。内観療法によって成功したいろいろな事例を調べて見ると、それらに共通する「よくなる」要因は、次のようにまとめることができます。
愛情の再体験
愛されていた自己を洞察することによって、愛されていなかったのではないかという不信感や被害者意識、あるいは愛情飢餓や寂しさが癒されます。その結果、人間や世の中に対する信頼感が生まれ、心が満ち足り、安心感に包まれます。そして、硬く閉ざされていた心が開かれ、周囲の人々や動植物に自然な愛情が湧き、生きていくことへの自信や困難な現実に直面する勇気が生まれてきます。
自己中心性の自覚
自分の自己中心的で身勝手な考えや行動によって周囲の人々がどれほど迷惑し、つらく寂しい思いをしたかを自覚します。そして、周囲の人々を非難する態度が消え、母や父や配偶者や子どもなど一人ひとりが喜びや悲しみを感じるかけがえのない人間であることを実感し、共感性が向上します。また仕事や勉学や人生に対する自己の責任を自覚するようになります。
意欲の向上
内観療法は周囲の人々との関係を過去から現在まで、表層から深層まで、そして多面的に掘り下げて考えるチャンスです。その当時は理解できなかったことも、今から見ると、誤解だったたと気づかされることもたくさんあります。その結果、自己や他者を重層的、多面的、歴史的に理解し、自己理解や他者理解が深まり、精神的に健康になり、社会的に適応した行動がとれるようになります。 もちろん、これらのことは内観療法を研修した人が、自分の力で発見し、行動に移していった結果です。内観療法は基本的には自己治療の色彩の強いものですから、ともかくもご本人が熱心に取り組むことが大切です。もちろん、私たち面接者も協力して、研修され る方々の自己探究の道を一緒に歩ませていただきたいと思っています。
内観のテーマについて
精神分析療法ではそれを受ける人に自由連想を求めますから、焦点をしぼるのに時間がかかるようです。それに対して内観療法では、「世話になったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」の3点に絞って具体的な事実を想起するように求めます。このように的を絞っていますから、内観療法は短期間で効果を挙げるといえましょう。 しかし、内観療法で取り上げる内容が限定されていることは、同時にそれが限界にもなります。例えば、過去に愛情体験の少ない人の場合は、世話になったことを思い出すのが困難なことは想像に難くありません。親から虐待され、迷惑をかけられた経験の多い人にとっては内観のテーマは無理なことといえましょう。その場合は、例えば精神分析療法やクライエント(来談者)中心療法などで、面接者からの長期にわたる変わらぬ尊重や共感を体験することや、現実の人間関係での愛情体験を重ねることが必要です。 ただ、「愛情の少ない、ひどい親に育てられた」と思い込んでいる人も、内観すると思いがけず、愛情体験が浮かび上がり、自己像や他者像が変容することが少なからずあり、最初から内観療法の適応が困難と判断することは早計です。また、内観療法の過程で、親に対する怒りや憎しみの強い人には、それらを十分に吐き出すカウンセリングを実施すると、後の内観が進展することを私たちは何度も経験しています。
内観療法の期間について
内観療法は1週間という短期間で一応の成果をあげます。精神分析療法がたとえ教育分析であっても、数カ月や数年かかるのとは大違いの利点です。どのような心理療法でも、その過程でそれを受ける人に心理的な苦痛と経済的時間的犠牲を与えるので、それが短期間ですめば、幸いなことです。例えば不登校などの事例は長期に休むことによって、人間関係がさらに悪化し、学業が遅れ、登校を困難にしていることが多いので、内観療法のような短期終結型の心理療法はもっと活用されてよいと思います。 しかし、1週間という限られた期間では、精神分析療法でいう徹底操作(問題を深く徹底的に見つめること)ができません。不徹底なまま終結した内観者は、問題を再発することも考えられます。また、1週間の1度のカウンセリングでは、カウンセリングでえた洞察や経験を日常生活の中でテストし、その結果を次のカウンセリングで話題にでき、現実適応を徐々にしていけます。 それに対して集中内観は日常生活から遮断した状況で行われ、日常生活に戻ってからはひとりで現実社会に適応していかなければなりません。もともと社会的に適応していて、自己啓発を目的に内観した人や不適応の程度の軽い人は、内観での洞察や経験を生かしていくだけの力がありましょう。しかし、症状の重い、あるいは根の深い問題の解決を求めて内観した人の場合は、現実適応のプロセス(道程)をともにしてくれる援助者が必要でしょう。 もちろん、症状の重い人の場合は家族とともに研修するのが普通ですから、家族の援助がえられる可能性があります。またそのような人は病院や学校、その他の相談所からの紹介が多く、内観終了後はその施設での治療やカウンセリングが続行されることもあり、研修所からのアフターケア(その後の支援)が必要でないこともあります。しかし、一般的にはそれほど多くのサポート(支援)が期待できず、内観終了後のサポートネットワークの構築が今後の課題のひとつです。奈良内観研修所では遠方でない人の場合、必要に応じて内観後のカウンセリングを実施しています。 また、大きな精神的トラブルの解決のためには1週間では短すぎるという意見がある一方、自己啓発のために研修したいという人にとっては1週間は長すぎるという意見があります。つまり、家庭や職場に適応している人にとって1週間も仕事から離れることは、よほど周囲の理解と本人の意欲がなければ困難です。その問題の解決のため、最近は2泊3日の短期内観研修会の試みもあります。私たちの経験でも、社会的に適応し、精神的に健康な人は、短期間のうちに大きな洞察をするのもまれではありません。
内観療法の研修をお断りすることもあります
内観療法は朝から夜まで、ひとり静かに個室で、内観のテーマにそって自己を見つめることに集中し、結果を面接者に報告するという条件を守ることが必要です。そのため、次のような場合には研修をお断りしています。 自発的な意欲がない場合 内観療法は強制されてするものではありません。このホームページや書物や講演で内観療法のことを知って、あるいは知人から勧められて、「ぜひとも研修したい」という自発的な意欲を持って研修所に来られる方が大半です。少なくとも、「よくわからないけれど、自分の役に立ちそうだから、やってみようか」という程度の意欲が必要です。問題を起こしたり、強い症状が出て、医師や教師や家族から「ぜひ内観を」と強制されてしぶしぶ来た場合は、内観のテーマに取り組もうとせず、研修所の条件を守らず、本人も面接者も困ります。本人にあまり自発的な意欲がない場合は、ご家族がまず内観研修をしてから勧めるか、ご本人と一緒に内観研修をなさることが必要です。だからといって、強い精神力や体力が必要というのではありません。「自分を改善したい」とか「向上したい」という意欲さえあれば、中学生からご高齢者まで、ごく普通の多くの人たちが研修しておられます。 妄想や幻聴などのある状態や、うつ状態が強くて自殺願望のある場合 被害妄想や誇大妄想、あるいは幻聴などがあれば、その症状に振り回されて、落ち着いて自分を見つめることができません。病院での治療が必要です。うつ状態がひどくて、思考が停滞し、自責感が強く、自殺願望が強いときは、内観がうまくできません。かえって自責感や自殺願望が強くなる恐れがあります。まず病院で医師の助言や薬物療法を受けて、うつ状態を改善し、思考力をつけ、病的な自責感をなくし、自殺願望を軽くすることが必要です。その後に内観療法を体験して好転した例は、多く報告されています。その場合にもご家族も一緒に内観するなど、ご家族の協力が大切です。
学校教育での応用
中学校や高等学校から紹介されて、問題行動や症状の解決のために親子で内観研修所に来られています。しかし、とくに大きな問題をもたない普通の生徒たちに対してはどのようにすればいいのでしょうか?それにはいくつかの方法が考えられています。
オリエンテーション合宿での短時間の内観研修
某高校で新入生のオリエンテーション合宿(2泊3日)があり、筆者(三木善彦)が内観に関して1時間講義した後、270名余の生徒に10分間の内観をしました。 ある生徒はその経験を、「お母さんに対して内観していくと、涙が止まらなくなりました。『お母さんはこんなに苦労していたんだ、つらかっただろうな』という思いがあふれてきました」と記しています。
学校行事としての4時間の内観研修
宮朝子先生は中学校で1日2時間ずつ2日間で計4時間、教室や講堂で生徒に内観をさせました。ひとりの生徒(中1)の感想は次の通りです。 「最初はどんなことをするのだろうと少し不安でしたが、実際にやってみると、両親に何もかもお世話になり、先生にもいろいろと迷惑をかけていたり、教えていただいたこと、叱られたことが噴水のようにどんどんと思い出されました。あらためて、感謝の心が、こみ上げてきました。そして不思議と気持ちが安らぎました」 (宮 朝子「女子中学生に対する集団内観の試み」月刊『生徒指導』1985年11月号)
ホームルームでの3分間内観
わずか3分間の内観でも持続すると大きな成果をもたらします。原田小夜子先生は高校での実践を、次のように述べています。 「最近、年を追って生徒の学習意欲が低下しています。常に教室内が騒がしく、朝のホームルームの時間にも、連絡事項を伝えるのにいちいち大声を張り上げる有様です。注意力が散漫で、話を聞かない生徒たちが多く対処法を考えていました。そこで集中力を増大し、感受性を豊かにし、さらに生徒たちの持っている潜在的な能力を引き出すための心理的手法として、“3分内観”の実施を試みたのです。毎朝のホームルーム時の内観を約半年間継続しました。その結果、生徒たちの表情は次第に穏やかになり、素直さが感じられるようになりました。もちろん、朝のホームルームの時間も静かになり、以前のように大声を張り上げる必要がなくなりました。さらにクラスがまとまり、秋の運動会で学年2位、合唱コンクールで学年2位、作文コンクールでは金賞・銀賞の大半を獲得することができました」 そして、卒業式の当日のホームルームで生徒たちは、原田先生に記念品と花束と歌を贈呈し、感謝の意を表したそうです。「これは私の過去20年間の教員生活の中で、最も感動的な一瞬であった」と先生は語っています。(原田小夜子「ショート・ホームルームでの内観の試み」月刊『生徒指導』1985年11月号) このように、内観によって生徒たちは情緒的に安定し、クラスの仲間との連帯感を呼び起こし、勉強やさまざまな活動への意欲を高めることを示しています。(ロングホームルームなどで生徒に内観をさせる手順は、飯野哲郎「内観」、国分康孝監修『エンカウンターで学級が変わるPart2中学校編』図書文化、1998年が役立つでしょう。)
記録内観
筆者(三木義彦)は大学の心理学の授業でレポートとして、自宅で短時間内観した結果を記録して報告させることがあります。ある大学生は次のように記していました。
- お世話になったこと: 親と離れて生活しているので今までの人生ではなかった経験をしています。大学まで行かせてもらった母には、大変感謝しています。月々の生活援助(食糧など)はとても助かっています。
- して返したこと: 大学に入って母と離れて生活してみると、親の大切さがしみじみと感じられることがあります。今まで母の日には、照れくさくてプレゼントなどしませんでしたが、バイトで貯めたお金で夏用のハンドバックを買ってあげました。
- 迷惑をかけたこと: 毎月のバイト代はほとんど車の費用に代わっていき、始めのうちは母に迷惑をかけていました。生活を共にしていないので、目に見える心配はないようですが、私の食生活などいろいろと心配してくれているようです。
小学校時代から現在までの記録内観をした感想を、彼は次のように記しています。「母に対する気持ちや考えが、自分自身の中に確実に残されていくのを感じました。苦労をかけている母に対して、『申し訳ないなあ』という気持ちと『がんばろう』という気持ちになれただけでも、うれしく思います。この経験をこれからの長い人生に少しでも役立たせたいと思います。」(記録内観の方法については三木善彦・潤子著『内観ワーク』を参照) このように学校教育に内観法を導入する工夫はいろいろあります。小学生に対しても、工夫すればできます。最近(2003年) 小中学校で内観を実践する手引き書、石井光編著『子どもが優しくなる秘けつ・・3つの質問(内観)で心を育む・・』教育出版が発行されました。ぜひ読んで実行していただければと思います。